Zac Fukuda

田中靖浩『会計の世界史』

Beatles楽曲著作権にまつわる話が会計視点で解説されていた。

Beatlesのメンバー、ジョン・レノンとポール・マッカートニー。アメリカデビューする少し前、2人は「楽曲の著作権を会社へ譲渡する」契約をノーザンソングス社と結ぶ。

それから時は流れ1981年。ポールは自分の楽曲著作権を買い戻す機会を得る。買取価格は当時のレートで90億円。ジョンは既に亡き人。ポールはジョンの代理人オノ・ヨーコに、著作権買い戻しの相談を持ちかける。ポールの提案は2名が45億円ずつ負担し、共同で権利を保有するというもの。

「90億円は高い。22.5億円だったら買ってもいい。」

オノが出した答え。交渉は決裂。その後、マイケル・ジャクソンが権利を130億円で購入する。

同書にオノとマイケル、どちらの判断が良いか悪いかは明記されていない。ただ、一会計士として、オノがした行動を「否定」している印象はある。オノはごく一般的な脳みそで取引を考えている。「音楽、しかも自分たちがつくった曲を買うのに90億円。高額過ぎる。」一方でマイケルは会計脳を使う。「130億円は確かに高額。でも、Beatlesの素晴らしい音楽がこれからも生み出すキャッシュ・フローに比べたら安いもの。」

会計視点でマイケルは正しく、オノは間違っている。ここに倫理視点を加えてみる。

全米デビューした時、ポールはまだ22歳。音楽に没頭していた彼に法律・著作権の知識などあるはずがない。ノーザンソングス社は、若き音楽家へ著作権など音楽活動をしていく上で浮上する問題を事前に説明し、両者が納得した形でも契約を結ぶこともできた。しかし、同社は彼らの無知を逆手にとり、一方的な契約を交わす。この行為には悪意が存在する。

もし自分が90億円で音楽を買ってしまたら、将来の若き有望なアーティストが、また自分たちと同じように非情なシステムの中で苦しむことになるかもしれない。楽曲権を買うことは敗けを意味する。

音楽企業のアーティスト蹂躙。それへのレジスタンス。

お金を儲けるのは確かにマイケルだろう。だが、物語のヒーローに相応しいのはオノだと思う。