Zac Fukuda

Christopher McDougall『Born To Run』

「なんでランニング始めたの?」
「フォレスト・ガンプ観たから。」

ランニングをしているとよく聞かれる質問とそれに応える自分の回答。フォレスト・ガンプを観たからランニングを始めたというのは冗談だ。明確にランニングを始めた理由はない。強いて言えば、「走るように生まれてきたから」だろうか。

ランニングを始めた理由はないが、ランニングにハマった理由はある。29歳当時、人生2回目のハーフマラソンを走った。結果は、1時間37分台(ネットタイム)だった。翌年も同じハーフマラソンを走ろうと思った。だが、コロナ禍により大会は中止された。キャンセルになった大会が開催を予定していた時期にアキレス腱を痛めた。病院には行かなかったが、自己診断ではアキレス腱炎症だった。走って痛めたのではなく、ランニング中、歩道沿いのガードレールを飛び越えて着地をした時に痛めた。バカな行為だ。

アキレス腱を痛めるまでは週2回の頻度でランニングをしていた。ケガをしてからは1年ぐらい全くランニングをしない時期が続いた。なかなか痛みが取れないことに悩んでいたが、土石流災害のドタバタで、気づいたら痛みはなくなっていた。

コロナ禍も治まり、マラソン大会が再開し始めた2022年、淡路国生みマラソンへ応募した。3年超ぶりのハーフマラソンだ。大会へ向け練習を始めるも、練習がキツイ。ブランクがある上に、休み期間中に三十路を通った。20代の頃のような軽々しい体の感覚が失われた気がした。

「マラソン大会を走るのは今度で最後にしよう。」

12kmコースの上り坂を練習で走る度、そう思っていたことを覚えている。

「このままじゃ走って完走するの無理かも。」そう感じた自分は、週1の12km走を週2に増やして大会に臨むことにした。大会当日が近づいても、20代の頃の身体を取り戻せた感覚はなかった。

淡路国生みマラソンはアップダウンが激しいコース。4キロ地点以降はほとんど上りか下りである。マラソン大会はこれっきり。そう開き直っていたので、楽しく走ることだけ考えてスタート。

とにかく楽を意識してレースを進める。コースは事前紹介通り、アップダウン続き。楽を意識しても辛いものは辛い。熱海で練習をしていて、普段からレースコース以上の上り坂を走っていたことが活きてくる。

レース終盤になると楽を意識する力も使い切る。「マラソンはこれっきり。これと伊豆大島—1ヶ月後に走る予定—だけ走ったら一生こんな辛い思いしなくていい。」このことだけが励みとなり、重い足を前に運ぶ。

ゴールまで残り2キロぐらいのところで下り坂が始まる。「これを下り切ったらゴールだな。」そう思ったが、残り1キロぐらいのところでまた上り坂になる。心が挫けそうになるが、前方に設置されていたタイマーが目に入る。1:31:xx。

「あれ、1時間37分切れるんじゃね?」

パーソナルベストを秒単位で覚えていなかった。だが、1時間37分台だったことは覚えている。1時間37分台でゴールしても、その記録が自己ベストかどうかわからない。でも、1時間36分台で完走すれば、自己ベストなのは間違いない。急に闘争心に火が付く。20代の自分とのレースが始まる。

ラスト1キロは500mの上りと500mの下り。下り坂に入ったところで重力に身を任せ、足を自由回転させる。ゴールが見えてくる。もう上り坂はない。残り100m、50m。最終コーナーを曲がる。ゴール横のタイマーを見る。1:36:3x。最後のラストスパート。ゴール。

1:36:4x。

自己ベスト達成。レース前は、まさか20代の記録を更新できるとは微塵も思っていなかった。しかもこのアップダウン激しいコースで。

「年はとっても、もっと走ればもっと速くなるな。どこまで速くなるんだろう?」

疑問への答え探し。こうして自分はランニングにハマった。

“You don’t stop running because you get old. You get old because you stop running.”

そう同本は言う。