隈研吾『日本の建築』
隈研吾著『日本の建築』を読んだ。
大抵の物事は二項対立している。建築も、その例外ではない。建築の歴史が、二項対立し合い、これまで発展してきたことを考えれば、隈氏が二項対立にという図式に当てはめ、日本建築を論ずるのも必然である。
[同書で紹介されている二項対立]
- 洋vs和
- タウトvsフォルマリズム(形態主義)
- 桂離宮、伊勢神宮(宮廷文化)vs日光東照宮(武家文化)
- 数奇屋(もののあはれ)vs書院(漢意)
- クラシシズム(古典主義)vsゴシック
- 構築的vs環境的
- 先進的vs後進的
- 伝統建築vsモダニズム建築
- 反日本(革命)vs折衷
- 小さな建築vs大きな建築
- 弱い物質vs強い物質
- 関西vs関東
- オールドリッチ(既得権益富裕層)vsニューリッチ(成金)
- 弥生vs縄文
二項対立の上で、どちらが正しいということはない。しかし、「日本の建築」という点から、いくらか日本の建築がどちらに属するかは書かれている。属するというよりは、日本建築の可能性と言うべきか。
素人の自分に詳しい解釈や考察を述べることはできない。だが、ざっくりとした認識では、「小さな建築」に、日本建築の真髄があるように思った。「小さな」とは、質素・環境的・土着・庶民的であり、「弱い物質」の持つ潜在能力を有効に使い、建築物を構造することである。
自分は建築家ではないので、「小さな建築」を設計する機会はない。自分の仕事、つまりはデザインとソフトウェアエンジニアリングに、「小さな」と「大きな」二項対立を当てはめてみる。現在は、業界・社会ともに「大きなデザイン」、「大きなソフトウェアエンジニアリング」に向かっていると感じる。しばし自分も「大きさ」を求めていた。だが、同書を読んで、今後、自分が向かう先がやや明瞭になった。
「小さなデザイン」、「小さなエンジニアリング」。この2つを探求してみるのも、悪くない。

[読みたい・欲しい本]
- 石元泰博『桂 KATSURA』
- ウィトルウィルス『建築書』
- 『営造方式』
- 『匠明』
[行きたいところ]
- 旧日向邸(熱海)
- 佳水園(京都)
- 銀閣寺 東求堂(京都)
- 光浄院(園城寺・滋賀)
- 檮原町(高知)